兵庫県神戸市出身。そら祭りプロデューサー。
三線、アコースティックギター、ブズーキなど様々な楽器と声で、日本全国内・世界各地へ旅をし、出会いを大切に人・自然・思いを表現する演奏を全国各地で展開。
『なにかしらバラバラになってしまっている今を、丸山茂樹の音楽を通して取り戻したい。』
『人・自然・思いをつなぐかけ橋になりたい。』
『ただ伝えるだけでなく、考えてもらう音楽を追求したい。』
丸山茂樹のメッセージで、自分なりの感情が生まれるきっかけをつくりだしたいと表現し続けている。
独特な感性から生まれる造形的な言葉と音色によって、多くの人々を魅了している。
http://www.maruyamashigeki.com
アイヌの血を引く、カラフト・アイヌの伝統弦楽器「トンコリ」の奏者。
楽器プレイヤーとしてだけでなく、トンコリやアイヌの伝統歌「ウポポ」によるアイヌ伝統音楽を基調に、ダブ、レゲエ、ロック、アフロ・ビートなど世界のルーツ音楽のダイナミズムを織り込んだ斬新なサウンド作りで独自の音楽スタイルを切り拓き、知られざるアイヌ音楽の魅力を国内外に知らしめてきた稀有なミュージシャン/プロデューサー。
1995年に発表したアルバム「カムイ コル ヌプルペ」から2007年の「ダブ アイヌ バンド ライブ イン ジャパン」まで12作品を発表。
アイヌの天才的歌手安東ウメ子の2つの作品では演奏とプロデュースを手がけ現代に息づくアイヌ音楽として高い評価を受ける。
オキの演奏するトンコリは樺太アイヌに親しまれていた5弦の琴。
いわゆる日本の琴との共通点は全くない。
トンコリのルーツをたどるのであれば、それは中央アジア、さらに遡ると遠くアフリカの赤道直下「イトゥリの森」であるとオキは主張する。
五弦、つまり五つの音階しかないという意味においてトンコリは現代の、例えばピアノなどと比較すると明らかに劣勢に立たされる。
ではトンコリに限界があるかといえばそうとも言い切れない。
トンコリの伝統曲「ケント ハッカ トゥセ」はたった5つの音でピアノでは到底表現できない完璧なリズムとメロディを構築している。
トンコリをメロディ楽器として認識してしまうと限界はあるがリズム楽器としてとらえれば可能性は広がるというのがオキの持論だ。
オキはトンコリの限界と可能性の中で試行錯誤を繰り返し,2005年には伝統曲と正面から向き合い、トンコリだけで録音、制作されたアルバム、その名も「トンコリを発表した。オキがトンコリ名人であるかどうかは後の歴史が評価するものだが、より多くの多彩なリズムを弾きこなせる者がトンコリ名人であるとオキは定義している。
ここ数年オキが取り組んでいるプロジェクトの一つに「ダブ アイヌバンド」がある。
海外のフェスティバル出演の経験から、今日的なマナーであるドラムとベースを導入し、2006年にはアルバム「ダブアイヌ バンド」を発表。
2005年以降「ダブ アイヌ バンド」はドイツ、イギリス、スペイン、ノルウェー、ポルトガル、シンガポールのフェスティバルに出演、2008年は国内各地の野外フェスティバルの出演が決定している。
ソロ活動とバンドの両面からさらに鍛錬を積み重ねていく決意を見せている。
2003年結成、女性15名グループ。
アイヌ伝統文化を正しく理解してもらい未来に継承したいと活動している。
アイヌの歌、踊り、楽器の演奏等を行う。道内や道外の公演活動を年数10回行う。
アイヌ・アートプロジェクトは札幌を拠点に活動している創造集団です。
アイヌ伝統の音楽にギター、ベース、パーカッションを加えたライブ活動や版画、木彫りなどでアイヌ文化を多角的に表現しています。
2000年にアイヌの海洋船復刻に携わったメンバーで構成後に家族参加により、今では総勢20名のグループに。
カナダ、ハワイなどでカヌーフェスティバルに参加して、現地でカヌー製作。
道内外にて、アート展示会を開いたり自然体なアイヌ文化を発信する現代アイヌの創造集団であります。
98年、秋。
二人の大学生によって生まれたYOSAKOIソーランチームです。
「周りを巻き込み ゴキゲンな流れをつくる」をチームコンセプトに祭りを、地域を、人を巻き込み、最高に楽しい瞬間を追い求めて活動しています。
2008年は、コンセプトに加えて『大前進』を演舞テーマとしました。
学生の若人のもつエネルギーは無限大!!
みなぎる元気とあふれ出るパワーで、前へ前へと突き進んでいく学生の姿をご覧ください!
・主な年間活動
春:GW合宿、学生合同出陣式、YOSAKOIソーラン祭り出場など。
夏:千歳ソーラントーナメント(北海道)、にっぽんどまんなか祭り(名古屋)、こいや祭り(大阪)などの全国各地の祭りでの演舞活動、北大周辺地域での地域活性運動など。
秋:みちのくよさこい(仙台)、学生ソフトボール大会などの北海道学生合同「北人」の活動、安濃津よさこい(三重)の出場など。
冬:さっぽろ雪まつりの運営、全国の学生との合同合宿など。
2002年6月、日韓ワールドカップ日本対ロシア戦、稲本がゴールを決めたあの日に結成。
お互いのバンドが解散し、ヴォーカル同士だった2人はヴォーカルユニットを始めてみる。
それから、ロックを基盤にゴスペル、民謡、オペラ、シャンソン、演歌など、無節操なジャンルで
”男女2人変態宇宙的シーラカンスヴォーカルユニット”として札幌のライヴハウスを中心に、北は礼文島、南は京都、全国各地でライヴ活動をしている。
7枚のCDを発表。
ライヴではギターと歌のみだが、音源ではドラム、ベース、キーボード、打ち込み、録音、その全てを”あい”が手がけている。
ライヴとCDのそれぞれ違うアレンジを堪能して欲しい。
2人の声の合わさる先、を信じて歌い続けている。
『一打入魂』。
石炭の斜陽化で、炭鉱は全国各地で縮小・閉山が相次ぎ、炭鉱の街、夕張でも暗いムードに包まれた。
その街の人々の気持ちを明るく奮い起たせようと、鎮守夕張神社の宮司が神楽太鼓の勇壮さを取り入れて考案したのが「夕張太鼓」の起こりであります。
飴谷 等(あめや ひとし)
北海道江差町出身。
2001年、音楽ジャケットやポスターなどの絵を描き始める。
ライヴペイントを通じ様々なジャンルとセッションをはじめ、2004年、自身主催イベント売上金をカンボジア・スナーダイクマエ孤児院へ寄付。
寄付活動3年目、単身カンボジアへ渡り孤児院内での壁画製作、ユニフォームの製作と贈呈を行う。
2007年、絵を通じ世界中の相互理解を深めるため、稚内宗谷岬から沖縄喜屋武岬まで徒歩のみでの縦断の旅へ出発し、半年かけ完歩。
2008年、日本、カンボジア、イラクの子供たちの絵を集めメッセージを届けるイベントを主催。
ライブペインターとしてだけでなく、イベントオーガナイズなど、世界中の争いがなくなるその日まで、描き、旅を続ける。
*今回のそら祭り北海道では、オープニングからフィナーレまでステージのバックで描き続けます。